大阪市住之江区にある名村造船所跡地を知っていますか?かつて数万人の労働者が働いた活気ある造船所が、今では現代アートの発信拠点「クリエイティブセンター大阪(CCO)」として生まれ変わり、国内外から熱い注目を集めています。廃墟のようなドックや旧事務所棟がそのまま残された独特の空気感が、多くのクリエイターやアーティストを強烈に惹きつけているのです。

この記事では、名村造船所跡地の歴史から現在の施設情報・アクセス方法まで、調べられるかぎりの情報を徹底的にまとめました。「名村造船所跡地ってどこにあるの?」「イベント会場として使いたい」「アートスポットとして訪れてみたい」など、さまざまな疑問にお答えします。

この記事のポイント
✅ 名村造船所跡地の場所(住所)・アクセス方法がわかる
✅ 名村造船所の歴史と産業遺産認定の経緯がわかる
✅ 現在の施設「クリエイティブセンター大阪(CCO)」の全貌がわかる
✅ 跡地を中心に広がる北加賀屋のアートまちづくりの全体像がわかる
本日のセール・タイムセールをまとめてチェックできます。

名村造船所跡地の歴史と場所を完全解説

名村造船所跡地の歴史と場所を完全解説
  1. 名村造船所跡地の住所はここ!大阪市住之江区北加賀屋にある
  2. 名村造船所はどんな会社だったのか
  3. 大正から昭和にかけての造船業全盛期に北加賀屋はどんな街だったか
  4. 名村造船所が大阪工場を閉鎖した理由は大型船対応のための移転
  5. 近代化産業遺産に認定されたのは平成19年(2007年)のこと
  6. 跡地の規模は約42,000㎡という都市型産業遺産としては最大級

名村造船所跡地の住所はここ!大阪市住之江区北加賀屋にある

【AI】【業務効率化】【職場】名村造船所跡地の住所はここ!大阪市住之江区北加賀屋にある

名村造船所跡地の住所は〒559-0011 大阪府大阪市住之江区北加賀屋4丁目1番55号です。大阪市の南西部、木津川の河口近くに位置しており、大阪湾に面したベイエリアの一角を占めています。

最寄り駅は大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」で、4番出口を出て徒歩約10分で到着します。大阪の中心部・梅田(大阪駅)からでも地下鉄で約20分程度とアクセスしやすい立地です。

🗺️ 名村造船所跡地(CCO)の基本情報

項目 内容
正式名称 クリエイティブセンター大阪(CCO)
住所 大阪府大阪市住之江区北加賀屋4丁目1番55号
電話番号 06-4702-7085
最寄り駅 大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」4番出口
駅からの距離 徒歩約10分
敷地面積 約42,000㎡
駐車場 約180〜200台収容(有料・イベント時のみ)

木津川は大阪港へとつながる河川で、水運の便が良いことから大正時代から造船業が発展した地域です。名村造船所はその木津川沿いに位置し、川から直接ドック(船渠)に水が引き込まれる構造になっていました。現在もドックの遺構がそのまま保存されており、かつての造船所の規模の大きさを今に伝えています。

「クリエイティブセンター大阪(Creative Center OSAKA)は、大阪市住之江区の木津川河口に位置し、名村造船所大阪工場が移転後、休眠状態となっていた広大な敷地をクリエイティブな活動による活性化を目的として設立された日本でも他にはない造船所跡地によるスペースです。」

出典:https://namura.cc/

このように、跡地の立地そのものが施設の大きな魅力となっています。木津川の水辺の景観と、廃墟感の漂う工業遺産の雰囲気が融合した、ほかにはない独特の空間です。初めて訪れる人は、その規模の大きさと雰囲気にきっと圧倒されるでしょう。

「北加賀屋まで行くのは遠そう」と思う方もいるかもしれませんが、大阪の中心部からのアクセスは決して悪くありません。なにわ筋線など今後の鉄道延伸もあわせて考えると、さらにアクセスしやすくなる可能性も十分あります。


名村造船所はどんな会社だったのか

【AI】【業務効率化】【職場】名村造船所はどんな会社だったのか

株式会社名村造船所は、日本の造船業を牽引してきた企業のひとつです。大阪工場(旧村尾船渠工場)は昭和6年(1931年)から本格稼働を開始しました。その後、戦時中の船舶需要増大も追い風となり、北加賀屋の造船業はめざましい発展を遂げていきました。

会社の歴史を辿ると、創業以来、一貫して大型船の建造を手がけてきたことがわかります。名村造船所大阪工場では多種多様な船舶が製造されており、4階建ての旧総合事務所棟の最上階(4階)には広大な製図室があり、実物大の設計図が描かれていたといいます。

📜 名村造船所 大阪工場の主な沿革

年代 できごと
1931年(昭和6年) 大阪工場(旧村尾船渠工場)として稼働開始
戦時中〜戦後 船舶需要増大で造船業が隆盛。最盛期に3造船所で約2万人が就労
1970年代以降 造船業が下火になり始める
1979年(昭和54年)10月 大阪工場の設備売却・工場閉鎖
1988年(昭和63年) 製造拠点を佐賀県伊万里市へ移設、千島土地(株)へ土地返還
1993年 倉庫を改装しリハーサルスタジオ「Studio PARTITA」として稼働
2004年 NAMURA ART MEETINGが始動、アート活用へ
2005年 クリエイティブセンター大阪(CCO)オープン
2007年 経済産業省より「近代化産業遺産」に認定

現在も「名村造船所」の社名は存続しており、佐賀県伊万里市を主な製造拠点として造船業を継続しています。大阪工場の跡地は土地所有者である千島土地株式会社に返還され、その後の活用方針を模索することになりました。

なお、「名村造船所」という社名は今も残っていますが、大阪工場はすでに存在せず、現在のクリエイティブセンター大阪(CCO)として活用されているのはあくまで旧大阪工場の跡地・建物です。この点は混同しやすいので覚えておきましょう。

造船という産業の性質上、工場跡地には大型のドックや船体を支える構造物、高い天井を持つ工場棟など、ほかの産業跡地にはない独特のスケール感があります。これが後のアート活用において最大の強みとなりました。


大正から昭和にかけての造船業全盛期に北加賀屋はどんな街だったか

【AI】【業務効率化】【職場】大正から昭和にかけての造船業全盛期に北加賀屋はどんな街だったか

大正から昭和にかけての大阪は、「東洋のマンチェスター」とも呼ばれた世界有数の工業都市でした。繊維・化学・機械・造船など、さまざまな重工業が集積し、アジア随一の工業地帯として世界的な地位を確立していた時代です。

北加賀屋エリアは、木津川の水運を利用した造船業が特に盛んで、大正時代から急速に発展しました。名村造船所をはじめ、複数の造船所が木津川沿いに立ち並び、最盛期には3つの造船所で約2万人もの人が働いていたといわれています。

🏭 北加賀屋の造船業全盛期のスペック

指標 内容
主要産業 造船業(木津川の水運を活用)
最盛期の就労者数 約2万人(3造船所合計)
特徴 ドック(船渠)を持つ大型造船設備が集積
時代背景 「東洋のマンチェスター」大阪の工業を支える一翼
立地優位性 大阪港につながる木津川河口エリア。水運の利便性が高い

当時の北加賀屋は、造船業に携わる労働者とその家族が暮らす活気ある下町でした。現在もリノベーションされた文化住宅「千鳥文化」には、当時の造船業に携わった人々が暮らしていた記憶を残すよう、内外装がていねいに保存されています。

街の記憶を語るとき、北加賀屋の住民たちは「あのころはとにかく活気があった」と口をそろえると言います。昼夜を問わず工場の音が響き、木津川には多くの船が行き交う——そんな風景が当たり前だった時代があったのです。

この時代の記憶は、北加賀屋がアートの街として再生されていく過程でも重要な役割を果たしています。かつての繁栄の痕跡がそのまま残された空間だからこそ、アーティストたちは北加賀屋に強い魅力を感じるのかもしれません。


名村造船所が大阪工場を閉鎖した理由は大型船対応のための移転

【AI】【業務効率化】【職場】名村造船所が大阪工場を閉鎖した理由は大型船対応のための移転

1970年代を過ぎると、日本の造船業は大きな転換点を迎えます。世界的な造船過剰と輸送コストの見直しにより、より大型の船舶への需要が高まってきたのです。ところが木津川は川幅が狭く、大型船舶の建造・進水が難しいという地理的な制約がありました。

この課題を解決するために、名村造船所は佐賀県伊万里市に新たな工場を建設することを決定します。伊万里市は有明海に面した港湾都市で、大型船舶の建造に適した立地条件を備えていました。

「木津川は川幅が狭く、より大きな船の需要に対応するため伊万里工場を建設、昭和63年に大阪工場を撤収し、千島土地に返還した。」

出典:https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/名村造船所大阪工場跡地(cco)

こうして昭和54年(1979年)に大阪工場の設備が売却・閉鎖され、昭和63年(1988年)には製造拠点を正式に伊万里へ移設。広大な土地と建物は、土地所有者である千島土地株式会社に返還されました。

ドックや工場棟、クレーンなどはそのまま残されたため、その後の数年間、跡地は事実上の廃墟状態が続きました。しかし、この「廃墟のポテンシャル」が後のアート活用につながる大きな布石となったのです。

造船業の撤退は北加賀屋にとって大きな打撃でしたが、逆説的に「これだけ広大な空間が都市の中に残った」という事実がのちに世界的なアート拠点づくりを可能にしました。衰退と再生——名村造船所跡地の歴史はそのまま北加賀屋という街の歴史でもあります。


近代化産業遺産に認定されたのは平成19年(2007年)のこと

【AI】【業務効率化】【職場】近代化産業遺産に認定されたのは平成19年(2007年)のこと

平成19年(2007年)、名村造船所大阪工場跡地は経済産業省から「近代化産業遺産群33」のひとつに認定されました。これは、日本の近代化に貢献した産業遺産を国として認定・保存する制度で、全国33カ所が選ばれています。

近代化産業遺産とは、明治時代以降の日本の近代化・工業化を支えた建造物や史跡のうち、歴史的・文化的価値が高いと認められたものを指します。製鉄所、炭鉱、造船所、紡績工場など、日本の産業発展を物語る場所が全国各地で認定されている制度です。

📋 近代化産業遺産認定の概要

項目 内容
認定制度名 近代化産業遺産群(経済産業省)
認定年 2007年(平成19年)
全国選定数 33カ所
名村造船所跡地の特徴 ドック・工場棟・事務所棟など遺構が現存
認定の意義 大正〜昭和の造船業を物語る産業遺産として国が評価

この認定を機に、跡地の活用はさらに加速しました。「近代化産業遺産」というお墨付きを得たことで、文化的・歴史的価値が広く認知され、全国および世界からの注目度が一気に高まったのです。

「☆平成19年、名村造船所跡地は、経済産業省の『近代化産業遺産』に認定されました。」

出典:https://namura.cc/

認定後はプロジェクトがさらに発展し、地域も巻き込んだ形でアートフェスティバル「すみのえアート・ビート」の前身イベントがスタートしました。国の太鼓判が、民間主導のまちづくりを後押しした好例といえるでしょう。

産業遺産の活用という観点から見ると、名村造船所跡地はイタリアのトリノやドイツのルール地方など、世界各地の工業遺産活用事例とも比較されることがあります。「廃墟をどう生かすか」という問いに対して、北加賀屋は世界に通じる答えを出しつつあるといえるかもしれません。


跡地の規模は約42,000㎡という都市型産業遺産としては最大級

【AI】【業務効率化】【職場】跡地の規模は約42,000㎡という都市型産業遺産としては最大級

名村造船所跡地の敷地面積は約42,000㎡(約4.2ヘクタール)にのぼります。東京ドームの約0.9倍に相当するこの広大な面積が、都市の中にそのまま残っているというのは、全国でも非常に稀なケースです。

敷地内には複数の建物・エリアが点在しており、それぞれが独自の空間として活用されています。4階建ての旧総合事務所棟、音楽ライブに特化したStudio PARTITA、広大な野外エリアなど、用途に合わせて選べる多彩なスペースが魅力です。

🏗️ 名村造船所跡地(CCO)の主要スペース一覧

スペース名 面積・規模 主な用途
旧総合事務所棟1〜2階 Black Chamber 220㎡ 舞台公演、音楽ライブ、展示
旧総合事務所棟2階 White Chamber 450㎡ 講演会、展示スペース
旧総合事務所棟3階スペース 1,200㎡ 展示イベント(旧社員食堂)
旧総合事務所棟4階 Planning Depot 1,200㎡ 撮影、展示スペース(旧製図室)
Studio PARTITA 287㎡ 音楽イベント、リハーサル
野外エリア(レッドフレーム、水上ステージ等) 広大 野外イベント、映像撮影
駐車場 約180〜200台収容(有料) イベント時のみ利用可

このような多様なスペースが揃っていることから、ライブコンサートから展示会、映画撮影、企業イベントまで、幅広い用途に対応できるのが大きな強みです。大阪観光局公式MICEサイトでも紹介されており、国際会議・企業研修・インセンティブ旅行・展示会などMICE会場としての活用も広がっています。

最大収容人員は全会場合計で約2,000人にのぼります。これだけの規模を持ちながら都市型の立地で利用できる会場は、大阪でも稀少です。独特の廃墟感と産業遺産ならではのスケール感は、他の施設では得られない体験価値を提供しています。


ふるさと納税のポイント付与は2025年10月に廃止になりました。

名村造船所跡地が生まれ変わったクリエイティブセンター大阪の全貌

【AI】【業務効率化】【職場】跡地の規模は約42,000㎡という都市型産業遺産としては最大級
  1. クリエイティブセンター大阪(CCO)とはどんな施設なのか
  2. CCO内にある主なスペースの種類と特徴
  3. アートプロジェクト「NAMURA ART MEETING」が変革の起点になった
  4. KCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)構想で街全体がアートの拠点に
  5. 毎年秋に開催される「すみのえアート・ビート」でさらに賑わいが増している
  6. CCOへのアクセス方法と見学ツアーについて
  7. 総括:名村造船所跡地のまとめ

クリエイティブセンター大阪(CCO)とはどんな施設なのか

【AI】【業務効率化】【職場】クリエイティブセンター大阪(CCO)とはどんな施設なのか

クリエイティブセンター大阪(Creative Center OSAKA、通称:CCO)は、名村造船所大阪工場跡地を活用した複合イベントスペースです。2005年に旧事務所棟を改装してオープンし、2007年に近隣の各施設をまとめて「クリエイティブセンター大阪」として統合されました。

施設のコンセプトは、造船所跡地という産業遺産に眠る「廃墟のポテンシャル」を最大限活かすこと。ドックや旧工場棟の遺構をあえて保存・活用し、その独特の空気感がクリエイティブな活動の刺激になるという考え方です。これは単なる「廃墟の利活用」ではなく、産業遺産が持つ固有の空気感をコンテンツとして提供するという、先進的な発想といえます。

「造船所跡地という産業遺産に眠る<廃墟のポテンシャル>を最大限活かしたユニークな空間で、さまざまな『クリエイション』と『コミュニケーション』のための実験の場を提案します。」

出典:https://namura.cc/

現在、CCOはARTCOMPLEXという団体によって運営されており、ライブコンサート・演劇・アート展示・映像撮影・企業イベントなど幅広い用途のレンタルスペースとして機能しています。

📊 CCOの施設概要まとめ

項目 内容
通称 CCO
正式名称 クリエイティブセンター大阪(Creative Center OSAKA)
オープン年 2005年(CCOとしての統合は2007年)
運営団体 ARTCOMPLEX
最大収容人数 約2,000人(複数会場合計)
敷地面積 約40,000〜42,000㎡
特徴 近代化産業遺産認定の造船所跡地を活用

一般開放はイベント開催時を中心としており、通常は私有地のため自由な立ち入りはできません。月1回、CCO見学ツアーが開催されており、参加することで施設内部を見学することができます。ツアーはvol.193まで積み重ねてきた歴史ある定期イベントです。

利用を検討している場合は、事前に公式サイトや問い合わせフォームで確認し、会場の下見・事前打合せを必ず行うことが求められています。「下見・事前打合せができないご利用はお断りしている」と明記されているため、飛び込みでの利用申し込みはできない点に注意が必要です。


CCO内にある主なスペースの種類と特徴

【AI】【業務効率化】【職場】CCO内にある主なスペースの種類と特徴

クリエイティブセンター大阪(CCO)には、異なる用途に対応した複数のスペースが用意されています。スペースごとに個性や雰囲気がまったく異なるため、目的に合わせた選択が重要です。

最もよく知られているのがBlack Chamber(ブラックチェンバー)です。1階と2階が吹き抜けになった壁面全体が黒い空間で、舞台公演や音楽ライブ、映像撮影など多用途に対応しています。名称の通り、黒い壁と広い空間が生み出す独特の雰囲気は、他では体験できないものです。

🎭 CCO主要スペースの特徴比較

スペース名 特徴 主なイベント用途
Black Chamber(1〜2階) 壁面が黒い吹き抜け空間。仮設客席約150席 ライブ、舞台、映像撮影
White Chamber(2階) 白い壁の明るい空間 講演会、展示会
3階スペース 旧社員食堂(1,200㎡の広大な空間) 展示、大型イベント
4階 Planning Depot(旧製図室) 床に製図跡が残る歴史的空間(1,200㎡) 撮影スタジオ、展示
Studio PARTITA 音響・照明ブース完備のホールステージ 音楽ライブ、リハーサル
OUTDOOR レッドフレーム、水上ステージ、シェッドなど 野外フェス、映像・スチール撮影
AIR大阪 アーティスト専用宿泊施設(徒歩5分) 制作・展示スペースとしても利用可

特に注目したいのが4階のPlanning Depot(ドラフティングルーム)です。造船所時代に実物大の設計図を描いていた部屋で、広大な床面には今も製図の跡が残されています。1,200㎡という広さと歴史の重みを肌で感じられる特別な空間として、映像撮影や展示スペースとして人気があります。

また、Studio PARTITAは1993年から稼働している音楽専用ホールで、スタンディングキャパシティ約700名を誇ります。音響・照明ブースを完備しており、リハーサルスタジオとしても利用可能。CCOの前身施設として長い歴史を持つ場所でもあります。

野外スペースも充実しており、水上ステージや広大なエリアを活用した屋外イベントにも対応しています。「レッドフレーム」「ブルーフレーム」といった個性的な屋外構造物も、撮影やパフォーマンスに活用されています。大型フェスから企業のチームビルディングイベントまで、スケールの大きな野外イベントにも対応できる数少ない都市型施設といえます。


アートプロジェクト「NAMURA ART MEETING」が変革の起点になった

【AI】【業務効率化】【職場】アートプロジェクト「NAMURA ART MEETING」が変革の起点になった

名村造船所跡地のアート活用の歴史は、2004年9月24日に始まります。この日、「アートの実験場に」をキャッチフレーズとした30年間の実験的アートプロジェクト「NAMURA ART MEETING ’04-’34」の第1回「臨界の芸術論」が開催されたのです。

このプロジェクトのコンセプトは、2004年から2034年までの30年間を「芸術のひとつながりの現場」ととらえ、芸術活動と隣り合う社会・個人が〈出来事〉を共有しながら未来を創造するというもの。それまで廃墟として眠っていた造船所跡地が、突如としてアートの実験場として動き始めました。

📅 NAMURA ART MEETINGの主な開催履歴

開催年月 テーマ・内容
2004年9月24日 vol.00「臨界の芸術論」(第1回)
2005年9月3日 vol.01「臨界から臨海へ」
2034年まで継続予定 30年間のロングタームアートプロジェクト

このアートプロジェクトの成功を受けて、地権者の千島土地株式会社は跡地を「芸術文化の発信拠点にする」という方針を固めました。2005年には旧事務所棟の一部を「BLACK CHAMBER」として改装し、恒常的なクリエイティブスペースとして稼働を開始します。

翌2007年には、近代化産業遺産の認定を機に敷地内の各施設を統合し、現在の「クリエイティブセンター大阪(CCO)」が正式にスタートしました。一時的なアートイベントから、継続的な文化・芸術の拠点へと発展したこの転換は、日本における産業遺産活用の成功例として全国的に注目されています。

30年という長い時間軸でアートプロジェクトを設計したのは非常に珍しい試みです。「2034年まで」という明確な期限を設けることで、一過性のイベントではなく長期的な文化的蓄積を意図した取り組みであることが伝わってきます。


KCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)構想で街全体がアートの拠点に

【AI】【業務効率化】【職場】KCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)構想で街全体がアートの拠点に

CCOの成功をきっかけに、2009年には千島土地株式会社が「KCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)構想」を提唱しました。これは造船所跡地だけでなく、北加賀屋エリア全体を「芸術・文化が集積する創造拠点」として再生・発展させていくまちづくりの長期ビジョンです。

具体的な取り組みとしては、北加賀屋に点在する空き家・空き物件をアーティストやクリエイターに貸し出し、アトリエやギャラリー、オフィスとして活用してもらうというものです。改修も自由に行えるため、それぞれの場所が唯一無二の表現空間となっています。

🏘️ KCV構想の主な取り組みと施設一覧

施設名 開設年 特徴
クリエイティブセンター大阪(CCO) 2005年〜 造船所跡地を活用した複合イベントスペース
みんなのうえん 2012年〜 空き地活用のコミュニティ農園
MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA(MASK) 2014年〜 旧工場・倉庫跡を大型アート作品収蔵庫に転用
APartMENT 2016年竣工 旧鉄工所社宅をアーティスト・クリエイター向け賃貸住宅に
千鳥文化 2017年〜 築60年の文化住宅を文化複合施設にリノベーション
モリムラ@ミュージアム(M@M) 2018年〜 現代美術家・森村泰昌の個人美術館
Super Studio Kitakagaya(SSK) 2020年〜 旧名村造船所倉庫をシェアスタジオに転用(16名入居)

2011年には千島土地株式会社が一般財団法人おおさか創造千島財団を設立し、アーティストの創造活動に対する公募助成事業もスタートしました。これにより、資金面でもアーティストをサポートする体制が整い、北加賀屋はより多くのクリエイターが集まる街へと進化し続けています。

現在では北加賀屋エリア全体で約130名のアーティストやクリエイターが約40の拠点で活動しているといわれており、街全体がひとつの巨大なアートコミュニティとして機能しています。現代美術家ヤノベケンジはこのまちづくりについて「ここの場所が創造力をどんどん拡大させる原点になっている」と語っており、作家たちにとっての創造の源泉になっていることがわかります。

「MASKの巨大な倉庫に作品を置かせてもらってから、自分が保管する限界であるとか、展示する美術館の限界を超えるようなスケールで物事を考えられるようになって、自分の空想、妄想自体もどんどん広がっていっている。」

出典:https://chishima-foundation.com/vision


毎年秋に開催される「すみのえアート・ビート」でさらに賑わいが増している

【AI】【業務効率化】【職場】毎年秋に開催される「すみのえアート・ビート」でさらに賑わいが増している

名村造船所跡地の知名度を大きく高めたイベントのひとつが、「すみのえアート・ビート」です。毎年秋に開催されるこの地域アートフェスティバルは、名村造船所跡地(CCO)の約4万㎡の敷地を主会場とし、地元住民やアートファンが一堂に会する一大イベントです。

KCV構想の前身イベントとして2007年頃にスタートし、年々来場者数が増加。直近では約1万人が来場するまでに成長しており、直近の回では大阪万博のキャラクター「みゃくみゃく」も登場し、地域を超えた注目を集めました。

🎪 すみのえアート・ビートの概要

項目 内容
開催時期 毎年秋(11月ごろ)
主会場 クリエイティブセンター大阪(CCO)敷地内
主催 千島土地(株)・住之江区役所・地域アート団体など
来場者数 約1万人(近年)
特徴 ラバー・ダック展示、マーケット、ワークショップ、アート展示

このイベントの名物のひとつが、オランダの作家フロレンティン・ホフマンが制作した巨大な《ラバー・ダック》(高さ約9.5m)です。木津川に浮かぶ黄色い巨大アヒルは、実は北加賀屋が日本のホームタウンとされており、毎年のイベントで姿を現します。上空ではドローンのアヒルも飛び回るなど、ユニークな演出も人気の理由です。

旧事務所棟では現代アートの展示やワークショップが開催され、普段は非公開の3階・4階も期間中は特別公開されます。「住之江のまち案内ボランティアの会」によるガイドツアーも行われており、北加賀屋の歴史や名村造船所の歴史を深く知ることができます。

映像作家・林勇気などの現代アーティストによる作品展示や、地元高校生の作品展示など、プロから学生まで幅広い表現が一堂に会するのもこのイベントの大きな特徴です。「秋の北加賀屋」は、アートに詳しくない人でも十分に楽しめる文化的なお祭りとして定着しています。


CCOへのアクセス方法と見学ツアーについて

【AI】【業務効率化】【職場】CCOへのアクセス方法と見学ツアーについて

クリエイティブセンター大阪(CCO)へのアクセスは、大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」4番出口から徒歩約10分です。梅田(大阪駅周辺)からも地下鉄で約20分とアクセスしやすい立地のため、大阪観光の際に立ち寄ることも十分可能です。

車でのアクセスも可能ですが、駐車場はイベント開催時のみ利用でき、有料(180〜200台収容)となっています。イベントのない日は駐車場も利用できないため、公共交通機関を利用するのが基本的におすすめです。

🚉 CCOへのアクセスまとめ

交通手段 詳細
電車 大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」4番出口 → 徒歩約10分
自動車 敷地内に駐車場あり(有料・約180〜200台)※イベント時のみ
梅田からの所要時間目安 約20分(地下鉄)
問い合わせ先 06-4702-7085(不定休のため事前連絡を推奨)

なお、CCOは基本的に私有地であり、一般の方が自由に見学することは通常できません。敷地内に入れるのは主にイベント開催時と、月1回開催される「CCO見学ツアー」の参加時です。

「普段は私有地で、一般の見学は通常受付ておりません。月1回 CCO見学ツアーを開催しておりますのでそちらへご参加下さい。」

出典:https://namura.cc/

見学ツアーはvol.193まで積み重ねてきた定期イベントで、普段は立ち入れない施設の内部を案内していただける貴重な機会です。参加を希望する場合は、事前に公式サイトや問い合わせフォームで日程を確認し、必ず予約・申し込みを完了してから訪問しましょう。

スペースを借りてイベントを開催したい場合は、施設の下見と事前打合せが必須となっています。「下見・事前打合せができないご利用はお断りしている」と明記されているため、まずは問い合わせフォームや電話で相談することから始めましょう。不定休のため、来館前には必ず事前連絡をすることをおすすめします。


総括:名村造船所跡地のまとめ

【AI】【業務効率化】【職場】総括:名村造船所跡地のまとめ

最後に記事のポイントをまとめます。

  1. 名村造船所跡地の住所は大阪府大阪市住之江区北加賀屋4丁目1番55号である
  2. 最寄り駅は大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」4番出口で、徒歩約10分で到着する
  3. 名村造船所大阪工場は1931年(昭和6年)に稼働を開始した歴史ある造船所である
  4. 最盛期の北加賀屋では3つの造船所が稼働し、約2万人が働いていた
  5. 木津川の川幅が狭く大型船の建造が難しいため、1988年に製造拠点を佐賀県伊万里市へ移設し跡地は千島土地(株)に返還された
  6. 跡地の敷地面積は約42,000㎡という広大な規模で、ドックや工場棟の遺構が現存している
  7. 2007年(平成19年)に経済産業省より「近代化産業遺産群33」のひとつに認定された
  8. 2004年のアートプロジェクト「NAMURA ART MEETING」が変革の起点となり、2005年にCCOがオープンした
  9. CCO内にはBlack Chamber・White Chamber・Studio PARTITAなど多様なスペースがあり最大約2,000人を収容できる
  10. 2009年にKCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)構想がスタートし、街全体がアートの拠点となっている
  11. 毎年秋に「すみのえアート・ビート」が開催され、約1万人が来場する一大イベントになっている
  12. 一般見学は基本的に不可だが、月1回の「CCO見学ツアー」に参加することで施設内部を見学できる
  13. 現在、北加賀屋エリアでは約130名のアーティスト・クリエイターが約40の拠点で活動している
  14. スペース利用には必ず事前の下見・打合せが必要で、飛び込みでの利用申し込みはできない

記事作成にあたり参考にさせて頂いたサイト

各サイト運営者様へ
有益な情報をご公開いただき、誠にありがとうございます。
感謝の意を込め、このリンクはSEO効果がある形で設置させていただいております。
※リンクには nofollow 属性を付与しておりませんので、一定のSEO効果が見込まれるなど、サイト運営者様にとってもメリットとなれば幸いです。
当サイトは、インターネット上に散在する有益な情報を収集し、要約・編集してわかりやすくお届けすることを目的としたメディアです。
引用や参照の方法に不備、あるいはご不快に感じられる点がございましたら、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

ABOUT ME
カシワギ
『エグゼクティブワーク』編集長のカシワギです。 普段はITベンチャーで執行役員の40代男です。 元コンサルタントですが、今はテクノロジー企業で日々奮闘中。 仕事では厳しい顔をしていますが、家では小学生の子供2人のやんちゃなパパ。 休日はゴルフに行ったり、妻とワインを楽しんだり。
当サイトについて
当サイトでは、インターネット上に散らばるさまざまな情報を収集し、AIを活用しながら要約・編集を行い、独自の切り口で見解を交えながらわかりやすい形でお届けしています。 情報の整理・編集にあたっては、読者やオリジナル記事の筆者へご迷惑をおかけしないよう、細心の注意を払って運営しておりますが、万が一、掲載内容に問題がある場合や修正・削除のご要望がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。 迅速に対応をさせていただきます。 その際には、該当記事の URLやタイトルをあわせてお知らせいただけますと、より速やかに対応 することができますのでそちらもご協力いただけますと大変幸いでございます。 今後とも当サイトをよろしくお願いいたします。